16.1.31 |
桂 文治(10)師 逝去 |
朝刊の記事をみてびっくりする。会長交代のニュースの際写真に顔がないので心配はしていたのですが、まったく知りませんでした。伸冶のころからよくTV出演していたので見ていました。やはり寂しいですね。 |
(朝日新聞記事) 落語家の桂文治さん死去 軽妙洒脱、こっけい一筋の高座 |
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軽妙な江戸前の語り口で古典落語の魅力を伝えた落語芸術協会会長の桂文治(かつら・ぶんじ、本名関口達雄=せきぐち・たつお)さんが31日午後5時17分、白血病による腎不全のため東京都内の病院で死去した。80歳だった。通夜は4日午後6時、葬儀は5日午前11時から、東京都中野区中央2の33の3の宝仙寺で。喪主は妻の関口敬子さん、葬儀委員長は桂米丸さん。自宅は東京都練馬区東大泉5の30の19の301。 東京生まれ。父は故柳家蝠丸(ふくまる)で、親子2代の落語家。46年桂小文治に入門、48年に二代目伸治を襲名し、とぼけた味わいの語りで、テレビやラジオでも活躍した。58年真打ちに昇進、79年に十代目桂文治を襲名し、桂宗家となる。99年10月には桂米丸の後を継いで落語芸術協会会長に就任、この1月末までが任期だった。
日常生活も和服で通し、江戸っ子気質を押し出した軽妙洒脱(しゃだつ)の芸風。人情話や怪談話には目をくれず、ひたすらこっけい落語一筋の高座に終始した。特に「源平盛衰記」や「やかん」などの地噺(じばなし)に、文治流といわれる独特の味わいをみせ、飄逸(ひょういつ)な爆笑落語は他の追随を許さなかった。81年に芸術祭優秀賞、95年度の芸術選奨文部大臣賞を受賞。 自宅に内弟子を取って、後進の育成にも努めた。趣味の書道や南画も玄人はだしだった。 (02/01 19:09)
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